金の有無

人生の重要な決断は、金がある無いで左右されることがある。そして、そういった重要なときに金が無くて選択肢を失ってしまうことは、何としても避けたいところだ。というのを真山さんが言っていて、なるほどと感心したものだ。とはいえ、自分は貯金ほぼゼロである。欲しいものはたくさんあるのに・・・人生の決断どころか明日の食べ物に困る次第だ。

何が高いというと、本が高いのだ。今読んでいるのが講談社の「日本の歴史」シリーズ。院試対策と将来に向けての勉強を兼ねているので、そこはけちけちするところではないのだが、やっぱり普通の大学生には高い。しかもシリーズで25巻まであるし・・・ものすごく面白いのだけれど。

政党政治と天皇 (日本の歴史)

政党政治と天皇 (日本の歴史)

早稲田の文学研究科の試験が、近現代限定で受験できるので、とりあえず今は近現代のところだけ買って読んでいる。歴史の連続性を考えるとあまり好ましくは無いけれど、背に腹は代えられない。何より古代から読んでいる時間が無いのだから、仕方が無いのだ。

これが1巻大体2200円(税別)する。近現代だけで5巻分だから、11000円だ。引越しから金が無い(あと悲劇的盗難事件)この時期に11000円はかなり大きい。生協で買えば1割引なのでお買い得ではあるけれど、やっぱり高い。大学生には3割引くらいでちょうど良い。政府が助けてくれれば良いのに・・・とかなり無責任かつ自己中心的なことまで考えてしまう。

それにしても・・・こうやってちょっと詳しい本を使って勉強していると、高校までの歴史の勉強とは何だったのだろうと思えてくる。あの頃は教科書の勉強だけで精一杯で、それが歴史の全てだと思い込んでいたが、大学での勉強のための基礎にすらならないレベルだと気がついた。もちろん、高校の教科書レベルの知識が無ければ、大学で研究することなどままならないのだが・・・

やはり文学部に入学して良かったと思う。もしあのときに教育学系の大学・学部に入学していたら、それはそれで得るものがたくさんあっただろうが、少なくとも歴史の深さに気がつくことはなかっただろう。そしてそれは自分の授業の浅さへとつながっただろう。教科書をなぞるだけでは、良い授業など出来ない。その10倍、20倍の知識があり、そして教師としての授業力があって初めて、本当に役に立つ授業が出来るのだと思う。経験はこれから積むとして、今は勉強するだけだ。